








**「雲より上で君を見た」**
登山口の看板が、古びた木で軋んでいた。
靴の音が土を叩き、息が少しずつ白くなる。
街を離れてから もう誰とも言葉を交わさず、
ただ君の背中を追いかけた。
風は冷たく、世界は遠く。
それでも君は軽やかに笑っていた。
僕はその笑顔の意味を知らず、
ただ「届きたい」と思っていた。
登ろう 心が震えても
登ろう 言葉が枯れても
僕らはまだ見ぬ空を 掴もうとしていた
愛とは 息を合わせることだったんだね
三合目で君が立ち止まり、
「このあたりで引き返す?」と訊いた。
僕は首を振った。
「君が行くなら、俺も行くよ。」
それから、霧が降りた。
道が見えなくなり、風が唸った。
君の姿がぼやけて、
僕は名前を呼んだ。
──返事は、風の中に消えた。
あの瞬間、僕は世界の音を失った。
足元の石も、手の痛みも、
すべてが遠のく中で、
ただ君の笑い声だけが、心に残った。
後で知った。
君はあの嵐の中で、道を譲ってくれたんだね。
僕を先に行かせて、自分は戻れなかった。
登ろう 君のいない空へ
登ろう 声を探しながら
風が頬を打つたび 僕は思い出す
「行けるところまで行こう」
君が言った言葉を
山頂に着いた朝、
雲の上で陽が昇るのを見た。
誰もいない静寂の中で、
僕は君に話しかけた。
「見えるかい? この景色を。」
そして、風が優しく笑った。
まるで君がそこにいるように。
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