








**「山の背に残して」**
――まだ、朝の匂いがする。
山は黙って、私を見送っていた。
あなたの手のぬくもりが、まだこの指に残っている。
あなたの声が 風にほどけて
谷の影に 沈んでいく
背中に残る ぬくもりを
振り返らずに 抱きしめた
“行くね”――
たったそれだけで
季節がひとつ、終わった気がした
あなたの笑顔を置いていく
でもね
この痛みが、翼になって
私を遠くへ運んでゆく
さよならを歌うために
人は生まれてくるのかもしれない
あなたに出会った奇跡を
まだ胸に抱いて 山を越えていく
あなたの指が教えてくれた
帰る場所のあたたかさ
けれど今の私は
まだ帰れない旅の途中にいる
山の背に沈む夕陽が
あなたの名前を赤く染めた
“ありがとう”――
あのとき言えなかった言葉を
今、風に乗せて
そっとあなたへ送るの
さよならを歌うために
人は旅に出るのかもしれない
あなたの笑顔を風に託して
私は歩く 山の背を越えて
思い出はね
雪みたいに静かに積もっていくの
けれど その白さが
これからの道を照らしてくれる
さよならのあとに咲く光を
この手で抱いて 歩いてゆく
あなたに出会った奇跡を抱いて
私は歩く 山の背を越えて
――行くね。
でもね、いつかまた、同じ空を見上げよう。
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