








**「頂に賭ける者」**
雪解けの水が凍り
街の灯は遥かに霞む夜
ザックの奥に眠るカメラを撫で
古びたザイルを手に取る男に 僕は出会った
「お前は何を探すのだ?」
ひび割れた唇から 煙のような息が漏れた
僕は震える声で答える――
「天空に消えた足跡の真実を
このレンズに刻みたい」
男は静かに首を振り
霜に覆われた瞳で僕を射抜いた
「ザイルもピッケルも ただの証しにすぎぬ
山は欲を試し 心を量る
――お前にそれを耐える覚悟はあるか?」
山は黙して語らず
ただ頂を望む者の夢を砕く
吹雪の叫び 凍てつく岩肌
生と死の境を踏み越えながら
耳に響く問いかけ――
「お前は何を残すつもりだ?」
テントの中 氷の結晶が舞い
かじかむ指で古びた日誌をめくる
掠れた文字に刻まれていたのは
誰かが夢に賭けた孤独な軌跡
記録は途切れ 答えは霧に消える
だがページの隙間から漂うのは
頂を目指し続けた男たちの息遣い
その未完の足跡が 僕の胸を震わせた
風の底から呼ぶ声
氷壁に残されたザイルの切れ端
仲間を繋ぎ 夢を繋ぎ
やがて白雪に埋もれた誓い
「登ること、それがすべてだ」
老いた男の声が響いていた
夜明け前 蒼白の光が雪面を染める
仲間の声は遠ざかり 街の記憶も薄れる
残るのはただ 脈打つ鼓動と
古びたカメラの重みだけ
ザイルを結び 最後の岩に挑む
氷に裂かれた指先から血が滲む
だがその赤も 白い雪に飲み込まれてゆく
「これが 俺の答えだ」と呟きながら
山は黙して語らず
頂に立つ者だけを抱きしめる
雲を突き抜け 星を仰げば
誰のものでもない真実がそこにある
命が燃え尽きても足跡は消えぬ
「お前は何を賭けたのか」
――その答えだけが永遠に残る
雪に埋もれたカメラのフィルムに
語られぬ真実が眠っている
山は今日も ただ黙して
蒼穹へと溶けていった…
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