**「稜線の向こうで」**
彼は言ってた——
「もう一度、君に会えるなら、風の中でもいい」って。
それは約束でも祈りでもなくて、
ただ、ひとりごとのように笑ってたんだ。
君の名前を呼ぶたびに 雪が光った
そのたび僕は ちょっとだけ若返った気がした
山は嘘をつかない、って よく言ってたね
けど、僕は知ってる 人の心はもっと高い
影が伸びて、陽が沈む
それでも彼は登りつづけた
誰も見ていない稜線の向こう
君が待ってるって信じて
ねえ、聞こえる?
風が呼んでる、あの笑い声
「もう少しだ」って、君の声がまだ残ってる
君よ、君よ、君よ
置いてきた夢のすぐそばで
笑ってるんだろ? 僕を見てるんだろ?
愛してた 愛してた
それだけで世界が透き通った
たとえもう戻れなくても
僕の心はまだ登ってる
夜、テントの中で話したね
「怖いのは、寒さじゃなくて 忘れられること」って
だから彼は 写真を一枚も撮らなかった
記憶があれば、それで十分だと
君の名前が風に溶けて
雪の粒になって降る
そのひとつひとつが
彼の頬に触れて 泣き笑いしてた
ねえ、君に伝えたい
もしもう一度やり直せても
たぶん僕は 同じ道を登るよ
君よ、君よ、君よ
失くしたチャンスの向こうで
まだ光ってる 僕らの足跡が
愛してた 愛してた
言葉にならないまま
時間の底で 微笑み合ってる
ねぇ、君。
あのとき「行かないで」って言ってくれたら、
たぶん僕はそれでも行ってた。
だって、君の「またね」は
この世界で一番あたたかい嘘だったから。
君よ、君よ、君よ
風の向こうで待ってて
僕がこの稜線を越えたら きっと笑える
愛してた 愛してた
それは終わりじゃなくて
ただ静かに 続いていく祈り
彼は言ってた——
「また会おう、君の見た空の下で」
そう言って、雲の向こうへ消えていった。
でもね、あの笑い声は、いまも風の中にある。
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