








**「山の上の呪い」**
またこの道だ。
若い頃、あいつと登った山。
あの時の空は、やけに近くて、やけに青かった。
…今はただ、静かだな。
手を伸ばせば届くと思ってた。
雲の向こう、二人で見た朝日。
息を切らしながら笑って、
「この景色、魔法みたいだね」って——
おまえは言ったな。
俺はただ、頷いてた。
言葉よりも、風の方が似合ってたから。
道の途中で、おまえは振り返った。
笑って、
「置いてかないでよ」って。
……なのに、今は俺が追いかけてる。
あの頂上の、幻を。
まだ山の上に、おまえの声が残ってる。
あのキスが、風に溶けた。
俺の足跡は、もう消えてるのに。
時を越えても、心は登り続けてる。
灰色の魔法が、まだ解けねぇんだ。
雪の匂い、冷たい息。
おまえの手の温度だけ、覚えてる。
あの頂で見た光、
世界が止まった。
今思えば、あれが呪いの始まりだったんだ。
木々のざわめきが、昔の声みたいだ。
「もう行こう」って言うたびに、
俺は足を止めた。
おまえがいる気がしてな。
…あの時、振り返らなければ、
おまえは消えなかったかもしれない。
山の上で、おまえに会いたい。
風の中で名前を呼びたい。
灰色の空に、手を伸ばして、
もう一度だけ、笑ってくれ。
もしこれが呪いなら、
俺はその呪いと、生きていく。
山が崩れても、心はそこにいる。
——おまえと見た、あの朝日に。
下山の道は長い。
でも、頂上の景色が、まだ目に焼きついてる。
…もう一度、登れる気はしねぇな。
それでも——たぶん、また登るんだろう。
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