








**「稜線の青」**
午後四時のひかり 肩越しの雲は
遠くで誰かの 笑い声を運んだ
ひとけのない尾根道に ふたりの影が
並んで伸びて やがてひとつに重なる
「まだ歩けそう?」って あなたが言った
その声に 心を そっと預けた
ほどけかけた靴紐を しゃがんで直す手
わたしはそれを ただ見てた
夏の終わりの風が吹いた
ゆるやかに 草をなでながら
過ぎた季節の続きを
確かめるように 踏みしめてた
ことばは少しで じゅうぶんだったね
ただ そこに いてくれるだけで
ひまわりが枯れて 稲穂は膨らむ
季節は黙って 背中を押してた
いつかは終わると 知っているけど
それでも今日が 惜しくて歩いた
「少し、呼吸をゆっくりしてみて」
わたしがそう言うと あなたは笑った
返事じゃなくて うなずくその目に
見えない何か 分けあえた気がした
空はまだ 染まらないまま
やわらかく 山を包んでる
あなたがふと立ち止まって
「ここ、風が気持ちいいね」って
その一言で 胸がほどけたの
わたしもちゃんと ここにいるって
この道の先に 答えはなくても
たぶん 今が それでいい
見晴らしの中に 立ち止まる
風がふたりの間を なでていった
夏の終わりの風が吹いた
地図もいらない この足で行こう
言えなかったことよりも
言わずにいた想いがある
誰でもきっと ひとりには戻れるけど
今日だけは ふたりでいたかった
「また……来ようね」
あなたの声が 草に溶けた
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