








**「風の棲む森」**
ねぇ……
この風の奥に 何が棲んでいるのか
あなたは知ってる?
私がずっと 忘れようとしていた声が
静かに揺れて 胸の奥で目を覚ます
夜の深くで
誰にも届かぬ祈りを繰り返した
眠れぬ日々
心の声さえ かすれてゆくようで
だけどある日 その声は言った
「ここから逃げてもいい」って
そして私は ほんの一歩、
“私自身”に 近づいた
忘れていたの
何かを選ぶことで
何かを守れることがあるってことを
笑うのが怖かった
幸せを願うほど
誰かの期待に 潰されそうで
けれど この腕に抱く
小さな命の鼓動が
私の眠っていた意志を 起こしてくれた
ねぇ 聞こえる?
風の向こうで 誰かが歌っている
それは たぶん……
未来の私の声だった
山が言ったの
「あなたは、もう戻らなくていい」
後ろに置いてきたのは
捨てたのではなく 終わらせたの
そして歩き出した足元に
新しい土の匂いがした
もう二度と 踏みにじられない場所
この森の中に 見つけたの
声にしなくても伝わるもの
涙じゃなくて 手で抱きしめる強さ
笑顔じゃなくて 目で伝える愛
それを知ったとき
私は 初めて母になった
逃げた先に 幸せがあるなんて
誰も約束してくれなかった
それでも 進むと決めたのは
この命を 私が引き受けたから
過去は重く 痛みは消えない
けれど 消さなくていい
それがあったから
私はここにいる
風が揺れるたび
木々が囁くたび
この森の中に 確かに息づく
“選んだ人生”が 今も続いていると
子が眠るその寝顔に
願いを込めて
明日を手繰るように 唄を紡ぐ
泣かなくていい日が
いつか訪れたら
その時にはきっと この森にもう一度戻って
「ありがとう」って
山に言いたい
声は、終わらない
風に乗って また誰かの心に届くだろう
私が見つけた “逃げる勇気”の物語は
いつか別の母の中で また目を覚ます
― わたしは、生きている。
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