境界線の向こうで(Country Rock)
kazuo
Music(音楽)
:
2026/4/25 9:45
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オリジナル曲♪
**「境界線の向こうで」**
「…今夜は、少しだけ本当の話をする」
この場所には、決まりごとがある。
どう見えるか、どう振る舞うか。
どんな音を鳴らせば“正しい”のか。
見えない線が、ずっと引かれている。
昔、言われたことがある。
「そこからはみ出すな」って。
長い髪も、話し方も、
全部が“違う”って理由で、
簡単に外に押し出された。
でも――
夜になると、どこからか音が聞こえてきた。
同じように、どこにも収まらない音だった。
その音は、うまくまとまってなかった。
でも、嘘がなかった。
綺麗じゃないけど、
ちゃんと生きていた。
ここでは、同じ形のものが好まれる。
同じ言葉、同じ音、同じ生き方。
でも、少しでも違えば――
すぐに浮く。
笑われる。
測られる。
切り分けられる。
それでも、立ち続ける人間がいる。
理由は単純だ。
それしかできないからだ。
誰かが決めた線なんて、
本当は最初から曖昧だった。
ただ、みんなが信じていただけだ。
もし、そこから一歩踏み出したらどうなる?
怖いかもしれない。
孤独かもしれない。
でも――
その先にしか、
自分の音はない。
違っていい。
むしろ、違わなければ意味がない。
ここがどこでも関係ない。
誰が見ていても関係ない。
残るのは、ただ一つ。
自分が鳴らしている音だけだ。
空気が揺れる。
声と音が混ざり合う。
その瞬間、
境界線は完全に消える。
最初からなかったものに、
縛られていただけだった。
「…それでいい」
この作品は、周囲が作った「正しさ」や枠に対して違和感を抱きながらも、自分の在り方を手放さずに進む語りを軸にしている。序盤では、外見や振る舞いで否定される経験が静かに描かれ、内面の孤独と抵抗が滲む。中盤では、同じ型に収まることを求める空気と、それに抗う意思が対比され、徐々に感情が高まっていく。観客との呼応や音の重なりによって「個」だった声が「共有されるもの」へ変化し、境界が曖昧になっていく過程が示される。クライマックスでは、違うことそのものが価値であると断言し、自分の音こそが唯一の証明だと結論づける。最終的に、存在していると思い込んでいた境界は幻想だったと気づき、静かな肯定で物語が閉じる構造になっている。 ...
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